局在性と遍歴性の二面性が生み出す電気四極子由来の新奇電子状態

      2017/08/25

 固体中の電子が強いクーロン相互作用により互いに反発しあう系,すなわち強相関電子系では, 電子のもつ電荷,スピン,軌道といった内部自由度に由来した多種多様な物理現象が見られます.特に希土類化合物やアクチノイド化合物などのf電子を含む元素からなる物質群(f電子系)において,重い電子,磁気秩序,非フェルミ液体(NFL)的挙動,非従来型超伝導などの興味深い現象が数多く見出されてきました.これらの現象の多くは,f電子のスピン自由度にその起源を持ち,伝導電子との混成(c-f混成)により電子が遍歴性を獲得してゆく中で発現していると考えられます.実際,それらはc-f混成強度を横軸,温度を縦軸にとったドニアック相図と呼ばれる普遍的な相図に基づいた議論により統一的に理解されてきました.  一方,電子には電荷,スピン以外に,軌道の自由度が存在します.f電子系では,スピン軌道相互作用が強いため,軌道自由度はスピンと合わせて多極子として表現され整理されますが,この多極子(軌道)自由度が本質的に活性な場合に,スピン自由度の場合と同様にc-f混成によってどのような電子状態が実現するのか,そしてそれらはどのように理解すれば良いか,またドニアック描像のような普遍的な描像で理解可能か,など,非常に興味深い問題が考えられます.しかし,それらは,これまでほとんど明らかにされてはいませんでした.  最近,我々のグループは,電気四極子の自由度が活性なPr化合物PrRh2Zn20の極低温高磁場環境下における輸送係数の測定を行い,その結果をもとに磁場・温度相図を明らかにしました[1]。右図上に示すように相図内の最低温付近で,これまで報告されている反強四極子秩序(AFQ)状態[2]に加え,新奇重い電子(HF)状態,磁場誘起結晶場一重項(FIS)状態が存在すること,さらにそれらの高温側にNFL状態が広い磁場領域に拡がっていることを明らかにしました.また,このNFL状態が,磁気量子臨界点近傍に見られるものとは異なり,2チャンネルアンダーソン格子モデル[3]でよく記述されることを見出しました.これらの特徴は,関連物質であるPrIr2Zn20においても見られる[4]ことから,四極子自由度が活性な系に共通した特徴であると考えられます.  さらに我々は,得られた相図,およびそこに見られる4つの特異な電子状態の示す輸送現象が,磁場方向に対する異方性も含めてf電子の結晶場基底状態である非クラマース二重項の磁場によるエネルギー分裂幅δ(B)により決まっていることを初めて突き止めました.これは,それぞれの電子状態に見られる「遍歴的」性質が,その対極にある「局在的」性質により決まっていることを明確に示しており,この系のもつ遍歴性と局在性の二面性が新奇物性の発現に重要な役割を果たしていることがわかります.また,このことは,この系における電子状態がδ(B)により統一的に整理できる可能性を示唆しています.そこで我々は,四極子自由度により創出される新奇物性の統一的理解には,スピン自由度の場合に議論されていたドニアック描像ではなく,別の枠組みが必要であること,そしてそのための概念的な相図を提案しました. 今後,四極子由来の新奇物性の発見や磁気双極子で成功をおさめてきたドニアック描像のような,多極子の物理における普遍的描像の確立など,四極子自由度により創出される電子物性研究の展開が期待されます.

[1] T. Yoshida, et al., J. Phys. Soc. Jpn., 86, 044711 (2017). [2] T. Onimaru, et al., Phys. Rev. B 86, 184426 (2012). [3] A. Tsuruta and K. Miyake, J. Phys. Soc. Jpn. 84, 114714 (2015). [4] T. Onimaru, et al., Phys. Rev. B 94, 075134 (2016).

Anisotropic B-T Phase Diagram of the Non-Kramers System PrRh2Zn20 T. Yoshida, et. al.,  J. Phys. Soc. Jpn. 86, 044711 1-10(2017). Editors' choice

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