多極子自由度が織りなす新奇量子状態
希土類化合物やアクチナイド化合物において,重い電子,磁気秩序,メタ磁性,非フェルミ液体的挙動,非従来型超伝導などの興味深い現象が,これまで数多く発見されています。これらの興味深い現象の多くは,希土類元素あるいはアクチナイド元素のもつf 電子の持つスピン(磁気双極子)が中心的な役割を果たすことにより引き起こされていると考えられており,その理解は,いわゆるドニアック描像に基づいた議論によりなされてきました。特に,非フェルミ液体的挙動や非従来型超伝導といった極めて興味深い現象の多くは,量子臨界点と呼ばれる,基底状態が磁気秩序から非磁性フェルミ液体に移り変わる点近傍でみられています。このように局在f スピンが伝導電子と混成することにより遍歴性を獲得してゆく中から多くの新奇な現象や概念が創出されてきました。
一方,f 電子にはスピン以外に軌道の自由度が存在します。この軌道自由度はスピンと合わせて多極子として整理されますが,この多極子(軌道)の自由度が中心的役割を果たすときの基底状態についても非常に興味がもたれます。そのうち,局在的な領域にある多極子秩序については,これまで盛んに研究がなされ,かなり理解が進んできました。ここで興味深いのは,上述のスピンの場合と同様に,多極子自由度をもつf 電子が伝導電子と混成し遍歴性を獲得した中で実現する基底状態です。いったいどのような電子状態が実現するのでしょうか?これについては,四極子近藤効果など理論的にはいくつか議論されてはいるものの,実験的には理論で予想されている基底状態の有無も含めてあまり分かってはいません。
そこで我々は,ほとんど未開拓である,この興味深い問題にも取り組んでいます。具体的には,カゴ状化合物Pr1-2-20系と呼ばれるPrT2X20(T:遷移金属,X: Zn, Al)をターゲットとしています。このPr1-2-20系では,Prイオンはf 2電子配置をとり,その結晶場基底状態に非クラマース二重項をもちます。この状態は,スピン自由度はもたず,四極子(および八極子)の自由度をもつため,多極子自由度に特徴的な現象が期待されます。実際,これらの系では,四極子秩序に加え,それよりも高温領域で非フェルミ液体的挙動,低温の四極子秩序相内で超伝導が報告されており,これらの現象における四極子の役割の重要性が指摘されています。このようにこの物質群は,多極子と伝導電子の混成効果,およびそれがもたらす基底状態の研究に適した系として注目されています。我々は,電気抵抗率,熱電係数といった輸送係数を中心とした実験的研究によりPr1-2-20系の電子状態を明らかにし,多極子自由度が活性な系の電子状態の統一的理解を目指しています。